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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)1153号 判決

原告

川島英雄

被告

高柳隆

主文

一  被告は原告に対し、金一八五万五七〇八円及びこれに対する昭和四六年八月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一一〇三万七四三〇円と、うち金八〇三万七四三〇円に対する昭和四六年八月二二日から、うち金三〇〇万円に対する昭和四八年一二月一六日から、各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和四六年一月五日午前七時二〇分頃

(二) 発生地 神奈川県高座郡座間町四ツ谷三四〇番地先路上

(三) 加害車 自家用普通乗用自動車(相模五も一七二号、被告運転、以下甲車という。)

(四) 被害車 第一種原動機付自転車(座間町あ三三号、原告運転、以下乙車という。)

(五) 態様 前記場所先を南北に走る道路を、座間方面から厚木方面に向かい南進してきた乙車が、対向して北進してきた甲車と前記場所において接触し、乙車が転倒した。

(六) 原告の傷害部位、程度 原告は、右転倒の衝撃により、脳挫傷、右肩胛骨及び右鎖骨々折(左外転神経麻痺)、頭蓋骨亀裂骨折、左前頭部挫創の傷害を負い、昭和四六年一月五日から同年六月一一日まで神奈川県立厚木病院において入院治療を受けた。

(七) 後遺症 原告は、前記の傷害のため神経を犯され、歩行不能となつた。

2  責任原因

被告は、甲車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条により、本件事故の結果生じた原告の損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療費等 金九八万四八四〇円

(1) 入院治療費 金五〇万円

(2) 付添費(一五七日間) 金三一万四〇〇〇円

(3) 入院中諸雑費 金一七万〇八四〇円

(二) 休業損害 金二八万五五九〇円

原告は、本件事故当時、訴外加藤工業株式会社に守衛として勤務して収入を得ていたが、本件事故のため次のような休業を余儀なくされ、金二八万五五九〇円の損害を蒙つた。

(休業期間)昭和四六年一月五日から同年九月二四日まで(平均月収)金五万二八一〇円

なお、一月分については休業全日数が、二月分についてはその一部が、いずれも有給休暇扱いとなり、従つて、一月分については損害は填補され、また、二月分については右有給休暇分を加え金二万〇六九〇円が、三月分以降は毎月金一万六六〇〇円が、それぞれ訴外会社から支給されているので、これらを差し引いた残額が右請求額である。

(三) 逸失利益 金四七六万七〇〇〇円

原告は、前記後遺症のため就労不能となつたが、本件事故当時五五歳であり、なお九・三年間は就労可能であつた。

従つて、原告は右の期間、少くとも年六〇万円の収入を得ることが出来たはずであるから、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すれば、その金額は、金四七六万七〇〇〇円となる。

(四) 慰藉料 金五〇〇万円

原告の本件事故による精神的損害を慰藉すべき額は、原告の年令、入院期間、後遺症等にかんがみ、金五〇〇万円が相当である。

4  よつて、原告は被告に対し、金一一〇三万七四三〇円と、そのうち慰藉料の内金三〇〇万円を除く金八〇三万七四三〇円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年八月二二日以降、右慰藉料の内金三〇〇万円に対する、その請求をした第九回口頭弁論期日の翌日である昭和四八年一二月一六日以降各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いとを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(五)の事実は認める。同1(六)の負傷の事実及びその部位は知らない。入院の事実は否認する。同1(七)の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、被告が運行供用者であることは認める。

3  同3(一)ないし(五)の事実はすべて否認する。

三  抗弁

1  本件事故は、原告において運転方法を誤つたため、乙車が積雪の凍結した道路上で、スリツプした結果、傾き倒れるような姿勢で、斜行しながら中央線を越えて反対車線に進出し、対向して進行中の甲車右フエンダー前輪あたりに、その前部を斜に突つ込むようにして衝突したものに他ならない。被告は甲車を時速一五キロメートルの速度で運転進行中、乙車の動きをみて危険を感じ、直ちに制動をかけたが避譲できず、自車線上において衝突に遭い、停止したものである。

2  従つて、被告には過失はなく、本件事故の発生はひとえに原告の過失によるものであり、また、甲車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責される。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

五  原告の反対主張

1  本件事故の態様は、甲車がスリツプして中央線を越え、中央線寄りを対向して進行中の乙車に衝突したものであり、従つて、本件事故は被告が道路状況に応じた安全運転義務を怠つたため、ハンドルを左転把できず、中央線を越えた過失により発生したものである。

2  当時、現場付近の道路は前夜の降雪が結氷し、車の運行には危険な状態にあつたのであるから、車両運転者としては、車の走行に際し、タイヤチエーンを装着しなければならない義務があつた。しかるに、被告はこれを怠り、本件事故は、被告の右過失によつて生じた。

3  甲車は、右の如き道路状況下でタイヤチエーンを装着していなかつたから、車両に構造上の欠陥または機能の障害があつた場合に該当する。

六  原告の反対主張に対する認否

1  1の事実は否認する。

2  2の事実中、当時現場付近の道路状況が、前夜の降雪が結氷し、車にとつて運行が危険な状態であつた点及び車両運転者に車の走行に際しタイヤチエーン装着の義務があつた点並びに被告が右義務を怠つた点は認める。しかし、右過失は、本件事故の発生と因果関係がない。

3  3の事実中、タイヤチエーン不装着の点は認め、その余の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1(一)ないし(五)の各事実は当事者間に争いがなく、また、〔証拠略〕によれば、原告が本件事故によりその主張のような傷害を負つたことが認められる。

二  責任

1  被告が甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、被告主張の免責の抗弁について判断する。

2  〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故の発生した道路は、南(厚木方面)北(相模原方面)に延びる県道町田厚木線で、その西側に幅員一・五メートルの歩道を有する、歩車道の区別のある車道幅員六・三メートルのアスフアルト舗装道路である。そして、事故の現場は、南北からのなだらかな勾配が谷間となつている地点であり、点線をもつて中央線が引かれ、また、付近は直線をなしているため見通しはよく、前方約一〇〇メートルにわたり南北の見通しが可能である。

(二)  事故当時は、晴天であつたが、前夜一〇センチメートル位降つた雪が明け方に凍結して、未だ溶け始めてはおらず、車の走行には危険な状態であつた。そして、道路端よりも中央部分の方が、残雪量などから危険の度合いは少ないとはいうものの、本件現場付近は下り勾配から上り勾配に変わる谷間の底になつている関係上、前後の場所に較べて積雪も多く、最も危険で、タイヤチエーンを装着せずに走行する際は、少くとも時速二〇キロメートル以下の速度でないと転倒を招き易い状態であつた。(当時現場付近の道路状況が、前夜の降雪が結氷し、車にとつて運行が危険な状態であつた事実は当事者間に争いがない。)

(三)  原告は、乙車を運転し、現場から車で七分位の所にある自宅を出て、現場から約七〇メートル北方の地点において本件道路へ入り、前記のとおり南方に向けて走行した。他方、被告はタイヤにチエーンを装着せずに甲車を運転し、(この事実は、当事者間に争いがない。)現場から約一キロメートル離れた自宅を出発して、現場から約八〇〇メートル南方の地点から本件道路に入り、前記のとおり北方に向け進行した。なお、そのころ、道路の中央線を示す前叙の点線は、積雪の間に見え隠れしていた。

原告は、本件道路へ出てから道路の滑りやすい状態に危険を感じ、通常より低速の時速二〇ないし二五キロメートルの速度で、最初は自車線の中央辺りを進行していたが、そのうち、車がふらふらするため車両の平衡を保つことにのみ気を配つて運転を続けていた結果、事故寸前になつて対向車(甲車)の存在に気付いた。また、被告は、本件道路の左側を時速約四〇キロメートルの速度で進行したが、現場付近に至り、同所が前記のような道路状況にあつたことから、速度を時速約一五キロメートルに減速して走行しているうち、対向車線の道路中央線寄りを、スリツプしながら甲車の方へ接近してくる乙車を、約七、八メートルの距離に発見した。そこで、被告は制動をかけたが、甲車はスリツプのため直ちに停止できずに進行を続け、右甲車進行車線内の道路中央線付近で甲車右フエンダー前輪あたりを倒れかかつていた乙車前部と接触させ、乙車を転倒させた後、なお約二メートル進行して停止した。

以上の事実が認められ、〔証拠略〕のうち右認定に抵触する部分は、〔証拠略〕に対比してたやすく採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  以上認定の事実によれば、甲車がその走行車線内を進行中、対向の乙車が急に進路を変更して中央線を越え、甲車右前部に接触したことになる。ところで、一般に車両運転者には特段の事情のない限り、対向車が中央線を越えて自車線内に進入してくるという異常な事態まで予測して、衝突・接触を回避すべき義務はないが、本件の場合には、前認定の如く、当時路面は凍結して滑り易い状態であり、また、対向の乙車は走行の不安定な第一種原動機付自転車であり、しかも、当時、ふらふらしながら走行していたのであるから、乙車が何らかの理由でスリツプして中央線を越えることも十分予期しえたところといわねばならない。そうだとすれば、本件においては、前記一般原則を排除する特段の事情がないとはいえず対向車運転手にとつては、乙車の如き車を速やかに発見して直ちに減速停止するか、左側に避譲できるよう、十分前方を注視すべき義務がなかつたということはできない。さらに、前記認定の道路状況に照らせば、被告に、自動車運転者として、安全保持の上からタイヤチエーン装着の義務があつたことも明らかであり、前記認定のとおり、本件道路は直線で見通しがよく、甲車前方は約一〇〇メートルの見通しも可能であり、当日晴天でもあつたのであるから、被告としては、前方注視を確実に行つていれば、約七・八メートルの距離に接近した時点よりも早期に、乙車の走行を発見しえたことはいうまでもなく、被告がタイヤチエーンを装着のうえ走行し、乙車に速やかに気づいても、なお減速停止するか左側に避譲するかして本件事故の発生を回避することができなかつたというべき事実を認めるに足りる証拠はない。以上の諸点に鑑みれば、被告には前方不注視、ひいては結果回避義務違反の過失がなかつたということはとうていできず、被告の無過失の主張は排斥を免れない。

よつて、その余の点につき判断するまでもなく、被告の自賠法三条但書に基づく免責の主張は理由がない。

三  損害

1  〔証拠略〕を総合すれば、原告は、前認定の受傷により、昭和四六年一月五日から同年六月一一日まで神奈川県立厚木病院に入院して、この間当初二三日間は意識を喪失していたこと、同年一二月七日、同院脳神経外科医から脳挫症の後遺症として、知能低下、記銘力障害、情動不穏、右半身不全麻痺、左外転神経麻痺等を残し、介助なしの日常生活は不能との診断を受けていることまた、昭和四八年二月二八日には、神奈川県から脳挫傷後遺症による右上下肢痙性麻痺のため身体障害者等級表による等級を二級とする身体障害者手帳の交付を受けたこと、同年五月一八日の時点においても、左眼に視力障害がみられ、食事・洗顔などの日常の挙措は独力で一応可能ではあるが、相当の時間をかけなければならず、また、多少の歩行はできるようになつたものの、それも短時間に限られていること、その右手は麻痺したままであつて、仕事に就くことは全く不可能な状態にあること、などが認められる。以上の諸事実からすれば、原告は、昭和四六年六月一二日の退院時点から、本件事故による後遺症として、少なくとも自賠法施行令別表三級に該当する後遺症を残し、その労働能力を一〇〇パーセント失うに至つたものと認定することができ、右状態は、今後なお持続するものと推認される。

2(一)  治療費 金五〇万円

〔証拠略〕によれば、原告が、前記病院に対し少なくとも金五〇万円の治療費を支出して同額の損害を被つた事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  入院付添費 金二三万五五〇〇円

前記傷害の程度からすれば、原告はその入院期間中、付添看護を要する状態にあつたことが窺知されるところ、〔証拠略〕によると、原告の妻が右入院期間一五八日のうち一五七日間、右付添いをした事実が認められ、これに反する証拠はない。しかして、右入院当時付添看護料が一日当り金一五〇〇円を下らなかつた事実は公知の事実であるから、原告は同額の割合により算出した金二三万五五〇〇円の看護料相当額の損害を被つたものと認められ、これを越える損害を被つたと認めるに足りる証拠はない。

(三)  入院雑費 金六万三二〇〇円

右入院当時、前記の程度の傷害による入院の場合、入院のため一日金四〇〇円を下らない雑費の支出を要したことは公知の事実であるから、右一五八日間の入院により原告は、同額の割合により算出した金六万三二〇〇円の入院雑費の支出を要し、同額の損害を被つたと認められ、これを越える損害を被つたと認めるに足りる証拠はない。

(四)  休業損害 金一六万七一九九円

(事故前の収入) 平均月額金六万四四二二円

〔証拠略〕によれば、原告は、大正四年一〇月二四日生まれで、事故当時訴外加藤車体工業株式会社に守衛として勤務し、平均月額金六万四四二二円の収入を得ていた事実が認められ、これに反する証拠はない。

(休業期間) 1認定の事実に徴すれば、原告が、事故時から昭和四六年六月一一日まで、事故による入院治療のため就労出来なかつたことは明らかである。

(損害) 従つて、原告は右期間の収入を失つたことになるところ、〔証拠略〕を総合すれば、原告は勤務会社から右期間中、一月分についてはその全額、二月分については金二万六一一〇円、三月分以降については毎月金二万二〇〇〇円の支給を受けた事実が認められ、これに反する証拠はない。よつて、右金員を控除すれば、次の算式のとおり、この間の原告の休業損害は、金一六万七一九九円となる。

64,422円-26,110円(2月分)+64,422円-22,000円(3月分)+64,422円-22,000円(4月分)+64,422円-22,000円(5月分)+64,422円×11/30-22,000円(6月分)=167,199円

(五)  逸失利益 金一二五九万一一八二円

原告が、昭和四六年六月一二日以降、本件事故による後遺症のため、労働能力を一〇〇パーセント喪失したと認められることは前認定のとおりであるが、〔証拠略〕によれば、原告は、右事故の当時、健康状態は普通で、その勤務会社を近く定年退職した後も雑役係などとして同社に再就職し、引続き働く意向を有していたことが認められるから、前記原告の年令を考え合わせれば、本件事故がなければ、原告は、あと一二年間は稼働可能であつたものと推認され、かつ、この間、少なくとも事故当時の水準の収入を得ることができたものと認められる。そして、勤労者の給与の水準が、昭和四七年、昭和四八年及び昭和四九年にそれぞれ平均前年比一五・四パーセント、二〇パーセント及び三二・七パーセント上昇したことは公知の事実であるから、原告が労働能力の喪失により逸失した利益を現在の水準により算定すると、ライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除し、次の算式のとおり金一二五九万一一八二円となる。

(64,422円×12)×1.154×1.20×1.327×8.86325164=12,591,182円

(六)  慰藉料 金五〇〇万円

前記認定の原告の傷害及び後遺症の部位、程度、原告の年令その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情を斟酌すると、慰藉料としては金五〇〇万円が相当である。

四  過失相殺

第二項2の(一)ないし(三)に認定した事実に照せば、原告にも次のとおりの車両運転者としての義務に反した不注意がある。すなわち、本件道路のような滑り易く危険な道路を、安定性の悪い二輪車で進行する以上、原告には、速度をできる限りおとし、前方を十分注視して、安全に進行すべき義務があるのに、原告は、これを怠り、漫然、時速二〇ないし二五キロメートルの速度で乙車を進行させ、対向する甲車の存在にも事故直前まで気づかず、さらに何らかの原因で乙車をスリツプさせて中央線を越え、甲車に接触させたのであつて、右不注意が本件事故発生に寄与していることはいうまでもない。

そして本件事故につき、原・被告のそれぞれの不注意の程度を勘案すれば、原告の不注意の方が圧倒的に重大であることはいうまでもなく、被告は、原告に対し、本件事故の結果原告の被つた全損害額から過失相殺により九割を減じた金員について支払の責を負うべきものと認めるのが相当である。

以上の次第で被告に支払を命ずべき損害額は、損害総額金一八五五万七〇八一円の一割相当額金一八五万五七〇八円となる。

五  結論

よつて、原告の本訴請求は、金一八五万五七〇八円と、これに対する本件事故発生日の後である昭和四六年八月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田四郎 江田五月 清水篤)

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